切なさに似て…
リビングに現れた信浩の右手には、薄まってグラデーションを描いていたカシスオレンジだったが、新しく注がれてカシスの赤とオレンジが綺麗に混ざり合うグラスが持たれている。


「ほい」

と、信浩は手にしたグラスをカタンとテーブルに置き、柔らかいソファーへと背中を預けた。


「うん…」

そう言って私は、新しく入れられたカシスオレンジを口に含むと甘酸っぱさが舌に絡まる。


相変わらず静かな部屋には、これまた相変わらずぎこちなさが伺えるほど、信浩の表情は崩れることはなく。

口へと運ぶグラスへと、視線が集中していた。


「…それで。だから、信浩が私の前からいなくなって、なんともない。平気だって思ったんでしょ?」

信浩がリビングへ戻ってきて、始めにそう口を開いたのは私だった。


「そうだよ」

溜め息混じりに吐かれた言葉に、私の唇が震えているのがわかる。


「バカッ!だからって黙っていなくなることないじゃないっ。平気なわけないじゃん!信浩がいなくなって私が淋しくないとか思った?バカ…。じゃあ、何で…、キスなんてしたのよ…」

まくし立て、もう一度。

バカッ!と、吐き捨てた私の右手は信浩の腕をがっしりと掴み取っていた。


泣きはしない。

ただ悲しかった。


そこまで私は薄情じゃなかったはずだ、信浩に対しては…。

だからこそ、そんな風に信浩の瞳に映っていたことが。

悲しかったんだ。
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