花火
一度読んだだけの文章だったが、脳裏に焼き付き、消えなかった。結末は分かったが、そこに至る経緯は何一つ分からないままだった。きっとその理由に関しても、問い詰める権利があるはずだが、今はそうしようと思えなかった。胸に刻まれた傷は、今はもう疼きもしなかった。変わりに感じるのは、無だった。どうやら傷があっただろう場所が、そのまま綺麗さっぱりと消えてしまった様だった。涙のでる気配もなかった。左肩にかかる静かな寝息が、胸の穴を通りぬけていった。幼い頃、転んで擦り剥いた膝に、母親が息を吹きかけてくれたな、早く傷が癒える様にと。そんなことを思い出しながら、ただただ暗闇を見つめていた。
貴美、顔には出さなかったが、本当は傷付いたんじゃないのか。春香、どんな理由でこんなことになってしまったのかは分からないけど、僕なら大丈夫だよ。
大丈夫だよ。
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