花火
「病気が判明し、自宅療法を決めてからの春香からは、正直覇気を感じませんでした」
その声は震えていた。
「一日中何をするでもなく海を眺め、私たちの前では明るく振舞い、それなのに、ふとした瞬間にもの凄く険しい表情をするんです。心に空いた穴を睨みつける様に、ずっと何かを我慢している様にも見えました。私たちの前では、全てを受け入れた振りをしていただけなんです。その姿が痛々しくて…。先週拓哉さんが訪れた後、春香は目を真っ赤に腫らし、妻に抱きついて言ったそうです、死にたくないと、恐いと、もっと生きたいと。私たちでは、今のあの子を心から支えることが出来ないんです。お恥ずかしい話ですね。それを聞いてから妻と話合い、もしもう一度拓哉さんが訪れたら、一つのお願いをしようと決めました」
そう言ってソファーから立ちあがり、床に膝と両手を付くと、頭を下げて懇願した。
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