花火
声のする方に、視線だけ動かした。何も答えられずにいると、細い指先が微かに左腕に触れたのを感じた。そしてその五本の指に、そっと包まれていった。どうにか身を起こし、二人には少し狭いベッドの中に身を潜り込ませた。そこからはハッキリと、優しく、懐かしい温もりを感じることが出来た。春香は生きているのだ。不治の病に侵されてなお、必死になって抗おうとしているのだ。医者が、本人が、両親が、僕が、誰もが諦めていたとしても、体だけは奇跡を信じて、戦い続けているのだ。
どこからかコオロギの鳴く声が聞こえてきた。何年ぶりかに聞くその声は、とてもか細く聞こえた。風が吹けば遠くに飛ばされて、二度と戻ってこないかと思うほどに。たっくん、耳元で更にか細い声が聞こえた。空耳ではないかと思った。
「抱いて」
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