蒼い瞬き
1
 
 「由梨絵サン」



振り向くと、そこに猫坂 月(ねこざか つき)がニコニコと小動物のような笑顔で立っていた。
透明感のある、仄かに蒼みがかった瞳。
その瞳は、時折研ぎ澄まされているかのように怜悧にみえる。
けれど、私の前だけは鋭い牙を引っ込めたように丸くなってしまう。
人に決して懐かない誇り高い山猫(リンクス)がすっかり人に慣れてしまった飼い猫になったみたいで、 とても可愛らしい。
私はその気持ちを微塵にも表情を出さずに、彼の品のいい額に人差し指をピンと弾いた。

「遅い、五分遅刻」

「え。俺の時計では、待ち合わせ時間にぴったりなんだけど」

焦った表情であたふたする月。
いつもはクールなのに、その差異に思わず笑ってしまう。
猫が餌を取り上げられたようで焦った仕草にそっくり。

「私の時計では、あんたは五分遅刻なのよ」

「…それは、由梨絵さんの時計が狂っているんじゃ」

恐る恐る言葉にする月だったけど、私はピシャリと跳ね除ける。

「うるさいっ、私の時計の時間が基準なのっ。月の時間じゃなくて、の私時間に合わせるの」

「はーい」

私の理不尽な物言いにも、彼は少しも反抗せず小さく返事をすると、月は腕時計とにらめっこしながら螺旋を回した。

「何してんの?」

「…由梨絵さんの時間に合わせてるの。どんな正確な時計の時間より由梨絵さんの狂った時間のほうが俺には大切だから」
そうやって素直に笑う月は、仔猫のように可愛らしくて、いつも見慣れているのに心臓が甘く疼いてしまう。
でも、これは、可愛いペットを愛しむような感覚で恋に似て非なるもの。
月と私の、この微妙で曖昧な距離が心地良い。

月と私は、同じ学年で同じクラス。
そして、隣の席。

初めてみた彼の横顔は、近寄りがたい美しささえ感じられて、人に興味がなさそうに見えた。



「無愛想で、きれいな子」

それが月に対する、私の第一印象だった
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