いわし雲のように【SS集】

「死因は?」

「吐しゃ物が気道を塞いだことによる窒息が直接の原因のようです」

「なるほど。酩酊による意識低下と合わせて、か……」

「はい。頭部を打った様子はありませんでしたので仰向けの状態で嘔吐し、至ったものかと」

「その直前の様子は?」

「居酒屋で“くだ”を巻いていたのを目撃されています」

「その内容は?」

「目撃者の証言によりますと「俺はシシカバブじゃないんだ!」としきりに叫んでいたそうです」

「意味不明だな」

「意味不明ですね」

「他には?」

「会社の同僚からは、たまに街中でコサックダンスを踊っていたところを見かけていたそうです」

「……何か通院歴が?」

「いえ、毎年人間ドックに通っていたほどの健康オタクだったそうです」

「……そうか」

「はい……」

「…………」

「…………」

「なんというか、社会の闇が見えるな」

「世知辛いですからね、昨今の世の中は」

「…………」

「…………」

「もう一度、拝んでおくか……」

「そうですね……」


 綾瀬佑二、享年56歳。

 有名証券会社に勤務。開け放たれていた自宅の玄関にて死亡しているところを近所の人間に早朝発見される。

 死因は窒息。

 脇に落ちていたカバンの中からは小袋に入った紅しょうがが大量に見つかるも本件とは何ら関係がないと判断。

 靴下は左右別々の物を着用。

 捜査過程で全室を調べた際、何故か“すべて片方しかなかった”が、これが趣味なのか事件性のあるものなのかは判断がつかなかったためそれ以上の捜査は行われなかった。

 疑問や不審な点がいくつも見つかるものの、どれも事件性は低いとされ、本件は“不慮の事故”として警察は断定。

 但し、これを『Nファイル』として記録。

 この『N』とはすなわち──




“(N)なんだか人にやさしく出来そうな気がする”





 の、略である。

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