『サヨナラユウビン』
気がついたら、俺は香織を抱き締めながら放心状態になっていた。黒ずくめはもう居ない。


香織があんなことを言うとは思わなかった。

死んじゃ意味ないって教えてくれた香織が。
…。

「悠也…」

ゆっくりと、香織が俺の名前を呼んだ。
俺は返事をしない。

「ごめん、ね」
「…香織」

謝られても、な。
俺は複雑な気分で香織と立ち上がる。

「…死んじゃ意味ないって言ったのは誰だよ。
死んでもいいなんて言うな…お前は死なないから…な?」
「…そ、だね」
「さっき嘘だって俺を笑い飛ばしたのはどこのどいつだぁ?」

重い空気を換えるように、笑いながら香織の額を小突く。
香織は目をぱちくりした。
それから、肩を震わせて二人で笑った。


すっかり暗くなり、香織は家の中に入っていった。
一人になって、やっぱり…拭い切れない死への恐怖が、2倍になって襲いかかってきた。

「…勘弁してくれ」

気を紛らわすように夜空を見上げると、月が雲の中にあった。


――俺、やっぱ死ぬのかな。
死ぬんだろうな。
あの黒ずくめは、確実に人間離れしている。
…死ぬって思ってた方が楽なのかもな。


そんなことを考える俺の横を、ぬるい風が通り過ぎた。
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