マジックストーン

 ふわっと甘い香り。それに包まれた私は一瞬にして心臓がうるさくなる。

 ばくばくいってる心臓の原因は分からない。たぶん、いきなりで驚いたから。それに――

「聞いてる?優衣ちゃん?」

 ――神崎先輩が耳許で囁くから、だと思う

「えっ、わっ、なっ……かんざっ」

 ふっと耳に息を吹き掛ける神崎先輩は「優衣ちゃん可愛い」と呟いた。

「相変わらず仲良いですねー」

 執事スーツを腕まくりしながら言うタカジくんは「センパイの格好には合わないですけどね」と付け足してから背中を向けた。

 そういえば神崎先輩のクラスって何にしたんだろ。

「……似合ってるし。どう考えても似合ってるし。ていうか、俺がそう思ってればいいし。 ねー、優衣ちゃんっ」

 語尾に星が弾け飛びそうなほどの言葉に、振り向こうとした気が失せてしまった。

 きっとメイド服とは真逆の格好をしているに違いない――と思っては見たものの、ちらちらと視界に入る裾……何色なんだろ、濃いこぶ茶の色みたい。

 私を抱きしめる腕をゆっくりと解き、振り返る。

「あっ……」

 やっぱり、という言葉が一番しっくりくる。だって私が考えたものとまったく同じ。

 ――でも、神崎先輩は見覚えのない浴衣を着ていた

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