朱鷺
ふっと思ったことを覚えている。後はよく覚えていない、ドキドキして実は顔をはっきり見られなかったのだ。ただ、また会いたい!と強く思った。
 
 それから、その店の常連になるのに時間はかからなかった。
少々しんどくても次々にバイトを入れ、金を稼ぐと店へ行った。薫に会いたいのだから、その日にいるかどうか電話ででも確かめて行けばいいのに、彼はそれだけが目当てかい、と思われるのが嫌で、確かめもせず行くと出勤の日ではなくて、がっかりすることも何度もあった。いないからといって帰るのも露骨に思えて、彼から見て年増のカウンターの子相手に、よせばいいのに何万も使ってしまった。
 薫に会えると、きっと自分でもなさけないほどにやけていたんだろうと思う。カウンター越しにさわるわけでもないし、たとえ隣に座ってくれるような店であっても、彼はさわれなかっただろう、意識しすぎると彼は固まってしまうのだ。
 店内で少しは軽口も聞けるようになった。常連ということでママも優しい。顔なじみの他の客もできた。しかし他の客は自分と同じように、薫目当てではないかと内心気になってしかたがなかったので、腹を割った話しなんかできなかった。朱鷺がすっかり常連として扱われるようになった頃、薫の態度が変わった。

 ・・・あの時は、驚いた。心臓が止まるかと思った・・・

 2階にあるその店から出ると階段を下りる。「え~もう帰るのぉぉ~」見送りに出てきた薫と狭い階段を並んで下りる。肩も腕もいっぱいこすれあう。朱鷺は身体があたるたびに、気持ちのいいやけどをしているような気になっていた。「朱鷺くん」真横から呼ばれ遠慮なく顔がアップで見られるな、と顔を向けたら、・・・近すぎて顔の全体像がわからなかった。薫がふいに唇を押しつけてきて、キスされたのだ。
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