60代の少女
外は大分冷える季節になってきた。マフラーを巻き直して、口元まで覆った。
俯きがちな人々でごった返す街並みを背にして、「笹本屋」と小さく掲げられた店へと入る。
中は天上まで届く棚に、筆、絵の具、キャンバスといった多彩な画材が、ひしめき合うように積まれている。商売人のくせに、整理が行き届いていないのは相変わらずか。
それとも、大雑把な父親に似たのか。
「・・・お客かと思ったら、なんだ、元博か」
上から聞き慣れた声が降ってくる。見上げると、この店の主人が梯子の上からこちらを見下ろしていた。
「俺もお客ですよ、一応」
「残念。うちでは親父の弟子は客とは言わずに、画材泥棒って言うんだ」
40代にさしかかったこの店の主人・笹本一二三は、梯子を降りながらおどけた調子で言う。
「ちゃんと金払ってるじゃないですか」
「こっちは親父の弟子ってことで、特別に赤字覚悟の値段切ってるんだぞ。特に臼井元博って弟子には、親父も目をかけてるんでな」
「・・・それは、期待されてるって、取っていいんですかね」
思わず、苦笑い。それしか出なかった。師匠は正直変わってるから、考えがさっぱり読めなかったりすることが多い。
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