60代の少女
「ま、ともかく、ありがとう」
「どういたしまして・・・って私が言うことじゃないけどね」
先ほどとはうって変わって、目元を緩めるいち。
「じゃあね」と別れの挨拶を残して去っていった彼女の背を見送り、元博はもう一度包みを見た。
大学に通うために東京に出てきてから、手作りの弁当を持ったのは、初めてのような気がする。
料理は自分でも少しはするし、四五六の所でたまに夕飯を馳走になったりもするが、弁当は大学内に学食があることもあり、作った経験がない。
そんなことを考えていると、不意に肩を掴まれた。
「―――おいおい元博さん。彼女のお弁当とは、羨ましいじゃないの」
振り返らずとも、声で既に誰かは判る。
「そんなんじゃねぇって」
「またまたー。元博にも春が来たってか?」
ばしばしと肩を叩く声の主は、友人の松山麟太郎である。
麟太郎は元博の隣りに並び、顔を覗きこむようにして歩いた。
なぜか少し照れくさくて、視線をなるべく合わせないようにしながら、元博も歩き出す。
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