60代の少女

「それ以来、ある意味弁当ってトラウマみたいなものだったな」
「･･･ひょっとして、お弁当じゃない方が良かった？」
少し間を開けて、上目遣いのいちが聞いてくる。
元博ははっきりと首を横に振った。
「いや、むしろ逆だよ」
「逆？」
「ああ」
元博は、いちの顔を見て、少しだけ口の端を緩めた。
「はじめて弁当っていいかもって思った」
いちが、少し目を丸くする。
それが、なぜか照れ隠しの表情だと判った。
咄嗟に視線を逸らしたいちは、元博から顔を背けた。
その仕草が、妙に愛らしいと感じた。
「―――うーん･･･。じゃ･･･そのうち、また作ろうか？」
「･･･そうしてくれると、有難いかもな」
小さな、小さな、約束。
やがていちのアパートの前に辿りついた2人は、先日と同じように、挨拶を交わして別れた。
彼女との小さな約束が、いつ成就するのか。
楽しみにしている自分の心が、笑えるくらいにおかしかった。