60代の少女

繋がる手

それからいちは、アトリエによく顔を出すようになった。
基本は四五六や元博の作業風景を眺めているが、お茶を入れたり、気になったところを掃除したりと、徐々に小間使いのような仕事をこなすようになり、12月に入るころには、すっかりこのアトリエの一員になっていた。
四五六の個展も迫っていて、弟子達がばたばたしている中、彼女の存在が非常に助かっていることは確かだった。
「…師匠、いい加減どの作品出すか決めてもらえます?目録作らなきゃならないし、個展、もう1週間後なんですけど」
「あー…とりあえず今描いてるのと…あとは適当にお前が選べ」
「師匠の作品を、何で俺が選ばなくちゃならないんですか」
「悲しいねぇ…弟子を信頼する師の心を無駄にするとは」
「…よく心にもないことを、それだけするすると言えますね」
「―――こんにちは」
そんないつものやりとりを、聞き慣れた少女の声が遮ったのは、土曜日の昼過ぎのことだった。
< 38 / 113 >

この作品をシェア

pagetop