60代の少女
「2人とも仲良いね」
少女―――いちは、目元と口元を同時に緩めながら、アトリエの中へ入ってくる。
的外れな彼女の台詞に、元博は小さく溜息を吐いた。
「…どうみたら仲いいようにみえるんだ?」
「あれ?違ったの?」
「俺は師匠のいい加減さに呆れてるんだ」
「お前…ちょっとは師を尊敬する心ってもんはないのか?」
筆を止めずに四五六が言う。元博は肩を竦めて見せた。
「尊敬してるからこそ、ですよ。師匠こそ、弟子の心遣いを無駄にしないで下さい」
「…よく言うよ」
師の小さな嘆息。
個展の目録を作ることを諦めた元博は、アトリエの隅に追いやられたパソコンの電源を落とした。
四五六が機械にめっぽう弱いため、こういう細々としたデジタル作業は、大体弟子である元博の仕事だった―――が、肝心の師がこの様子では、しばらくこのパソコンは無用だろう。
< 39 / 113 >

この作品をシェア

pagetop