60代の少女
落ちた煙草の火を消しながら続く四五六の言葉を、元博は受け流すようにして聞いていた。
それでも一言一言が耳の奥に残る。重く。
「そこに気持ちがあると、判りきったことで泣くだけだ。判りきったことだから、辛い。お前もいちちゃんも、そんな想い背負う事はねぇだろ」
「ああ、師匠お得意の正論だ」と、そう思うしかなかった。そう思わなければ、耳の奥が痛くて仕様がなかった。
淡々と「事実」を告げられることが、辛い。
「事実」だから、辛い。
元博は、もう一度表札を見た。
古ぼけて、所々が割れたそれは、辛うじて苗字が読み取れる程度である。
少なくとも、この表札がこうなるまでの時間の壁が、彼女と自分の間にはある。
判っていた。
判っていたが、改めてその事実を、目に見える形で突きつけられて、迷う自分の心が情けなかった。
「まぁ、お前らの勝手、だしな」
嫌味ともとれる師の一言も、今は聞こえない。
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