60代の少女
■遺作

曇り空と晴れ間

会津から帰ると、すぐに大学の講義の再開だった。
普段通りに過ごす毎日だったが、いちとは顔をあわせにくくて、なんとはなしにキャンパス内では、彼女を避ける日々が続いた。
アトリエに行けば、たまにいちの顔があって、見ると安心する分、同じくらいの不安にも駆られる。
それでもなるべく表に出さないようには務めたが、どうやら師にはお見通しだったようで、四五六から進んで、彼女を明るいうちに帰すようになった。
晴れ間のない曇り空、それでも雨は降らないような中途半端な気持ちにとっとと蹴りをつけたかったが、その蹴りのつけ方が判らないのだった。
こういう気持ちにさせた張本人は、いつもと変わらず「情報収集」をしたり、気が向いたらキャンバスに筆を入れたりで、正直腹が立ったが、ここで怒り出したら負けのような気がして、なるべく平静を装って、個展の後片付けに勤しんだ。
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