Bitter



毎日同じように過ごした夏休みの中で、一日だけ特別な日があった。



八月十日。



この日はバイトもいれずに、ただ部屋の窓から空を眺めていた。



目をつぶり、手をあわせたところで
母親が近づいてきて

『行くよ。』
と言った。


花を手にしていたので、行き先は聞かなくても分かった。








「沖野家」とかかれたお墓は、眺めのいい場所にあった。


この石の下に、高瀬が食べようとした骨がある。


彼の愛する人がいる。





そう思うと身動きがとれなくなった。




花瓶には既に瑞々しい花がいけてあった。



親族?それとも‥‥。





無情にも私は、お墓の前にいる間、文子さんの事よりも、高瀬に今日対面するかどうかばかり考えた。




隣では母親が、目を閉じて文子さんと会話していた。


私の事はなんて伝えたんだろう。


私も真似してみようと試みたが、自分の気持ちは何も伝えられなかった。


ただ、“高瀬はあなたを愛しています。”と一言だけ。

わかりきった事だけど、死人に対して嫌味や嫉み、対抗意識を示してもしょうがない。



* * *



帰りの車の中で、母が沈黙を破った。




『これから嘉人の部屋いくけど、あんたも行く?』



『‥‥‥‥‥‥。』



なんで、わざわざそれを聞くのか。


いつものように黙って行って、彼を抱けばいいじゃない。
彼が温もりも最も欲する今日という日に。



ん?


そうか、今日だから、か。




でも、私は行かない。行けない。




即答できないあたり、まだまだ意志が弱いんだけど。





『あんた屋上にこなくなったんだって?』




NOの返事をした後、母親が尋ねてきた。



< 137 / 245 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop