Bitter
毎日同じように過ごした夏休みの中で、一日だけ特別な日があった。
八月十日。
この日はバイトもいれずに、ただ部屋の窓から空を眺めていた。
目をつぶり、手をあわせたところで
母親が近づいてきて
『行くよ。』
と言った。
花を手にしていたので、行き先は聞かなくても分かった。
「沖野家」とかかれたお墓は、眺めのいい場所にあった。
この石の下に、高瀬が食べようとした骨がある。
彼の愛する人がいる。
そう思うと身動きがとれなくなった。
花瓶には既に瑞々しい花がいけてあった。
親族?それとも‥‥。
無情にも私は、お墓の前にいる間、文子さんの事よりも、高瀬に今日対面するかどうかばかり考えた。
隣では母親が、目を閉じて文子さんと会話していた。
私の事はなんて伝えたんだろう。
私も真似してみようと試みたが、自分の気持ちは何も伝えられなかった。
ただ、“高瀬はあなたを愛しています。”と一言だけ。
わかりきった事だけど、死人に対して嫌味や嫉み、対抗意識を示してもしょうがない。
* * *
帰りの車の中で、母が沈黙を破った。
『これから嘉人の部屋いくけど、あんたも行く?』
『‥‥‥‥‥‥。』
なんで、わざわざそれを聞くのか。
いつものように黙って行って、彼を抱けばいいじゃない。
彼が温もりも最も欲する今日という日に。
ん?
そうか、今日だから、か。
でも、私は行かない。行けない。
即答できないあたり、まだまだ意志が弱いんだけど。
『あんた屋上にこなくなったんだって?』
NOの返事をした後、母親が尋ねてきた。