サラリーマン讃歌
恭子は誤魔化そうとしたのか、かなり言い淀んではいたが、観念したように言葉を吐いた。

俺はその言葉に衝撃を受けた。

全く気付かなかったのだ。

次の日会った時には、既にいつもの亜理砂に戻っていたので、てっきり俺の勘違いとばかり思っていた。

「口止めされてたんだけどね」

恭子はそう言って寂しそうに笑った。

「何か、亜理砂見てると痛々しくて」

俺の前だけでなく、他の劇団員に接する姿も俺にはいつも通りに見えていた。

俺は激しく後悔した。

あの時、あんなに軽い調子で亜理砂の質問に答えてしまった事に。

「あ、ごめん。直哉を責めてる訳じゃないよ」

黙り込んでいる俺を気遣う様に恭子は慌てて言う。

「……ごめん、余計な事言っちゃったね」

眉間に皺を寄せて、ずっと黙り込んでいる俺を見て、重ねて恭子が謝ってくる。

「……いや、良いんだ。彼女を傷付けたのは事実だから」

ひどく申し訳なさそうな顔をしている恭子に、俺は慌てて言葉をかけた。

「違うよ。誰も悪くない。だって……恋愛は綺麗事じゃないから」

誰かを好きになれば、その陰で誰かが泣いていることもある。

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