純愛バトラー
 部屋に戻る途中で、千沙子に声を掛けられた。

「ずいぶん荒れてるわね」

 明らかにからかうような口調だったが、今は反論する気力すらない。

「ほっとけ」

「そう邪険にしないでよ。折角胃薬持ってきたのに」

 千沙子はそう言って、市販の胃薬をオレに手渡した。
 からかった直後に優しくするのは反則だろう。素直に礼を言うことすら困難になるじゃないか。

「……アリガトウ。」

 複雑な心境で礼を言うと、千沙子は澄ました顔で答えた。

「お礼はデート一回分でいいわ」

「やっぱいらね」

「……冗談よ。今日は観光スポット巡りなんだから、ちゃんと薬飲んでおきなさい」

 わざわざ胃薬を買って持って来てくれたのは本当に有難いんだが、この高飛車な物言いは何とかならないものだろうか。
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