切恋バスタイム(短編集)
 演奏が終わると、谷野宮は興奮した調子で「スッゲー!!鳥肌立った!!」を連発。僕の両手をブンブン振り回して、「部活がなかったら毎日聴きに来たいくらいだよ!」と叫んだのだった。

 この時、だったのかな。僕の中で谷野宮の存在が、“ちょっとウザいクラスメイト”から“気になる人”に変わったのは。クラスの女子には「ミステリアスな所に惚れました!」などと言って告白してくる変わり者の子も居たけど、僕には眼中になかった。ただひたすら、谷野宮だけを見つめていた。叶わない思いだと知りながら、ずっと見つめていた。

 ――それから時は過ぎて、高2の夏。それは、受験勉強を始める同級生も出始めた7月の半ば。いつまで経っても教室に現れない谷野宮を待っていた僕と、騒がしくお喋りしていたクラスメイト達は、先生の言葉で短い静寂に突き落とされた。



「谷野宮が……谷野宮悠葵が今朝、卓球の試合から帰る途中にバスの事故で亡くなったそうだ。他にも何人か死傷者が……」



 ――嘘だろ。そんな訳ない。あいつはいつもみたいに笑って、ここにやってくる筈なんだから。僕の名前を、あの少し高い声で呼んでくれるんだから。

 半信半疑のまま一日を過ごして帰宅した。あいつは風邪でもひいて家で寝てるんだ。うん、きっとそうだ。リビングでテレビを見ている母に「ただいま」と声をかける。すると母は、凍り付いたような表情をこちらに向けた。



「ねぇ……これって深調の学校の子達じゃない?」

「え……?」



 液晶画面に目をやれば、酷い事故で混雑した何処かの高速道路。画面中央に止まる大型トラックの前側はヘコんでいて、画面の右端に映っている転倒したバスからは、見慣れたユニフォームを着た顔の見えない人々が次々と担架で運び出されている。



「怖いわねぇ……トラックの運転手の脇見運転が原因らしいわよ。今朝の様子ですって。」



 気の毒そうにテレビを見つめる母。その時僕は、ある一点に目だけでなく思考も奪われてしまった。

 運ばれる人の中に、チラリと見えた赤のリストバンド。ボロボロになってしまっているそれは、奴がいつも身に付けているものだった。

 ――恐怖で言葉すら出ない。体が震えて、立っているのがやっとだった。
< 5 / 18 >

この作品をシェア

pagetop