世界の灰色の部分
その日最後の授業は化学だった。
普段は教室で行われるのだが、今日は薬品を扱った授業のため化学室で行われた。
班の中でのじゃんけんに負けたわたしは片づけ当番をやることになり、授業が終わってからも、黒板を消したり器具を点検したりしていた。
そして、ある程度の仕事が終了したところで、他の当番たちがしゃべり始めた。
「つかさー、今の担任どう思う?」
「川上?」
「あー、あたし嫌い。なんか見てるとイライラすんだよねー」
「わっかるー。素人くさいっつかさー」
「俺なんてこの前廊下走ってたらあいつとぶつかってさー、怒られるかと思ったらすげー謝られたかんね」
「ははっ、何それー」
ああ。
思ったとおりだ。
なめられてるよ、完全に。
普段教室では担任の悪口って言いづらいんだろうけど、こうやって移動教室になれば思ってること以上におもしろおかしく好きなこと言えちゃうんだろうな。
…帰ろう。
わたしは教卓の脇に掛っていた点検帳というものを開き、自分の班のところにサインを書き、ひとり先に化学室を出た。
そして廊下に出て、驚いた。
化学室のすぐ前の廊下に、川上先生が立っていた。
わたしが思わず声をあげそうになると、先生は人指し指を自分の口の前に出し、しーっという仕草をした。
わたしはそのとき、なんでここにいるんですか?って書いてあるような顔をしていたんだと思う。
「学級委員の、佐川さんいるかな」
先生は小声でわたしに聞いた。
「…はい」
実際には佐川さんも一緒になってけっこうでかい声でしゃべっていたから、いるってことは先生もわかっていたはずだ。
「ありがとう。じゃあ、また明日」
わたしは返事はせず、代わりに軽く会釈をして、その場を去った。
彼の目は、とても悲しそうだった。
しばらく歩き、曲がり角で振り返ると、先生はまだ化学室に入れず、廊下につったっていた。
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