-恐怖夜話-
人の気配のない、ちょっと薄暗さを感じる古びた玄関スペースには、何処をどう見ても、冷房器具なんて文明の利器は設置されていそうもない。
「どうしたの、美鈴?」
突然足を止めたのを不思議に思ったのか、母が声をかけたきた。
やっぱり、気のせいだね。
「う、ううん、何でも……」
『何でもないよ』と言おうとした私は、目の前の光景にぎょっとした。
先頭を行く父が、荷物を抱えたまま階段を上り始めたのだ。
「ちょっ、ちょっと、お父さん、確か部屋って302号室だよね!?」
「おう、そうだ」
振り返りもせずにそう答えをよこして、そのまま階段を上る父の、だだっ広い背中を呆然と見詰めること三秒。
「だって、エレベーターは!? ま、まさか、三階まで階段使うの!?」
私は、思わず声がワントーン跳ね上がった。