馬上の姫君
すでに二番茶は摘み終わり、濃い下葉の緑が朝日にきらめく水滴を葉上に載せて、茶園の全てを覆い尽くしている。宇治は清々しい朝を迎えていた。早速、五郎八に報告する。
「父上、お屋形様の苦行は成就しましたぞ」
「それは何よりのこと」
五郎八も膝を打って悦ぶ。
「して、お屋形様は、どうなされた」
「高尾の山へ戻られました。明日あたり、お峯さまや善住坊殿の墓前に報告に行かねばと仰せにござりました…」
「そうか、実は、昨日のことであったが、本次殿が見えられての」
「本願寺と近江の往復で忙しい毎日を送っておられたお方でござったな。ここ二、三年会っておりませんが」
「お屋形さまの消息をお尋ねであった。甲斐から二郎様が戻られたそうじゃ。宇治田原の高尾じゃと教えると、早速、殿に知らせねばと戻って行かれた。二郎様は先月、武田より戻られたそうじゃが、耀姫さまと奥方さまが過酷な逃避行を続けられたため、体調をこわされての、その看病で一月ほど動けなかったそうじゃ。それはそうであろう、幼児の体力で十数日も甲斐の国から裏街道を歩き通しであったのじゃからの。奥方さまとて三条様を母とする義信様の姫君、そう頑健なお方ではない。消耗甚だしく、すっかり衰弱されていたお二方も、ようやく体力回復の兆しが見えたゆえ、お二人を甲賀和田山の大叔父縁故の者に預け、今日、明日中には、お出ましになると言うておられた」
「それは、ようござりましたな。高定様の無事な姿を早く見たいものじゃ」
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