√番外編作品集
「潤! 堀口さーん、下の階行くよー」
声が掛かって、俊彦は顔を上げた。
意識の中の暗闇のライブハウスから一転して、周りには個性豊かな店舗が夏の販売戦線に力を入れて輝いていた。
「ったく」
隣で参考書を開いていた潤は小さく呟いて立ち上がると、エスカレーターで手を振っている敦子の元へと歩いていく。
「黒沢、あれからお前の体調は大丈夫か」
「あれから? あぁ、大丈夫ですよもう平気です」
エスカレーターに乗ると、下の階で女子2人は楽しそうに店へ吸い込まれていく。
「グレンチェッカーでは助けてくれてありがとうございました」
「いや、もっと早く見つけられなくて悪かったよ」
潤は猫のような軽い仕草でエスカレーターから飛び降りると、笑いながら振り返った。
「密室はもう、こりごりです」
「そりゃそうだな。後遺症がなくて本当によかったよ」
彼はあのグレンチェッカーのステージで意識を失っていた。
呼吸は浅く額からは滝のように汗が落ちて、敦子もさすがに動転していた。
俊彦はまず外に出ることを優先し、そして霧島と病院への連絡を優先させた。
意識を失って暗闇の中でも分かるほどの青白い顔をしていた彼は、俊彦に抱き上げられてフロアを出るときに、呻くように一言呟いた。
俊彦は今でもその一言が忘れられずにいる。
彼は、
「七海」
と言ったのだ。