魔法の指先
『うん。試作品貰ったから後でつけてみる?』
「本当?ありがと」

これは、モデルの特権で宣伝した商品の試作品をよく貰ったりする。試して使ってみないとその商品の良さがわからないってのもあるが。

「おはようございまーす」

スタジオの入り口側から男性の低い声が聞こえた。今回の撮影で一緒に共演する一ノ瀬 悠さん。22歳。人気絶頂中の若手俳優だとか。

「かっこいいね~」
『そ?』

確かに彼は端整な顔立ちをしている。だが、私は彼をどうも好ましく思えない。裏があるように見えてならないのだ。

2回程、共演した覚えがあるのだが、彼のあのキラキラした笑顔が私には胡散臭く見えた。

「心亜ちゃん、今日はよろしくね」

いつの間にか彼は私たちの目の前までやって来ていた。馴れ馴れしく、私のことをちゃん付けで呼ぶ彼に寒気がする。

『はい、こちらこそよろしくお願いします』
「また心亜ちゃんと共演出来て嬉しいよ」
『私もです』

笑顔がひきつっているのが自分でもわかる。できることならばこの場を立ち去りたい。

「じゃあ、また後で」
『はい』

一ノ瀬さんはそう言って去っていった。またあの爽やかなキラキラ笑顔を残して。

「心亜の苦手なタイプだね」
『うん、なんか裏がありそう…』
「裏?全然そんな風に見えなかったけど」
『あくまでも私の勘』
「ふーん?」

だんだん撮影が憂鬱になってきた。しかし準備は着々と進み、数10分後には予定通り撮影は始まった。

私は着ていたカーディガンを脱いで、セットされた白いソファーに腰掛ける。

「とりあえず、自由に撮ろうか」
『はい』

そう指示され、私は一ノ瀬さんの膝の上に座る。このポーズだと踝まで伸びた白いキャミソールワンピがよく映える。

「いいよ心亜ちゃん、一ノ瀬くん自然にね~」

カシャッカシャッとシャッターが何度も押される。照らされる照明、周りからの真剣な眼差し、全て私たちに向けられていた。何度も何度もポーズを変え、結局決まった1枚は最初のワンショット。確かに綺麗に映っている。

「お疲れ~」
『ん、春は?』

今日はまだ彼を1度も見てない気がする。

「飲み物買いに行ったよ」
『そ』


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