魔法の指先
私はふぅ、と一息ついて椅子に座った。いつもながらポスターの撮影は疲れる。普段の倍撮るのだから。

(喉乾いた…まだかな、春)

と、そこへ丁度春がやって来た。人数分の飲み物を手に抱えている。

「おら」
「春ちゃん、ありがと♪」
『…ん』

ひんやりと冷たいコーラが手渡された。

「今日はこれで終わりだからこのまま帰っていいぞ」
『うん、もうちょいしたら』
「送るか?」
『いいよ、電車で帰る』

本当は送ってもらいたかったのだが、夕飯の買い物をしなきゃならない。憂鬱だ。

「じゃあ、気をつけて帰れよ?」
『あい』

と、春はスタジオを出て行ってしまった。

「ねぇ、心亜。さっきスタッフさんから聞いたんだけどマリアーズの専属モデルに選ばれたんだって?」
『……まぁ』

もう、噂が広まってしまった。まだ私はこの仕事を受けると決めたわけでもないのに。

「よかったじゃん!おめでとう」
『いや、私まだ専属モデルになるって決めたわけじゃ…ただ昨日左海さんに依頼されただけだし』
「そうなの?でも、断る理由なんてないと思うけど」
『………』

私はこの時正直迷った。この場でサラにあの話───昨日の話───をしていいものかと。誰かに聞かれ、また噂が広まってしまったら面倒だ。

「?……心亜?」
『……帰ったら話すよ』

と、私はそうサラに言った後彼女を1人残してメイクルームで化粧を綺麗に落としてもらった。相変わらずの彫りの深い顔。

そして衣装を返そうと思い、スタイリストさんに手渡したのだが、

「それ、心亜ちゃんにプレゼント」
『え?』
「凄く似合ってたから」

嬉しそうに顔を綻ばせるスタイリストの樫木 柚菜さん。ちょっと抜けてるところもあるが、心優しい素敵な女性。

『いいんですか?』
「もちろん!心亜ちゃんが着てくれたらきっと、その服も喜ぶと思うから」
『はぁ……』

なんとベタなことを言う人なのだろう。と、私は失礼にもそう思ってしまった。今時、服が喜ぶからあげる、なんてボランティア精神満々な人、中々いない。不景気なこのご時世に。


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