pp―the piano players―
「スランプだって?」
 一緒に画面を覗き込んでいた加瀬さんが、顔を上げて酒井君に聞いた。酒井君は答えるのを躊躇った。
「美鈴さんから聞いたんだがな」
 ため息混じりの加瀬さんの言葉には、つまり本当なんだろうという意味が含まれている。
「全く、圭太郎は素直じゃない」
 加瀬さんは呆れて言う。動画からはひときわ大きな拍手が鳴った。そこに目を落とすと、ステージ上には圭太郎君とバイオリニストがいる。少しの沈黙、そしてそれを突き破って生まれる、華やかな音楽。

「良い音だね」
 加瀬さんは呟いた。わたしは頷く。
「どうか、この音が戻ってほしい。圭太郎君には、思いっきり弾いてほしい」
 圭太郎君が降らせた鮮やかな雨をたっぷり吸って、バイオリンは豊かに絵を描く。何と楽しい作業だろうか。
「俺にも出来ることはないか」
「え?」
 酒井君は驚いた声を漏らす。わたしも加瀬さんを見た。
「本当なら、美鈴さんを連れていきたいところだろうが、体調的にそれは無理だ。それに、ライスターと美鈴さんを合わせたくないし、ライスターとあのフランス人と美鈴さんが一緒にいたら修羅場だろ」
「修羅場? 何の」
「俺は口にしたくもないね。とにかく俺が、圭太郎が弾くピアノを診られないかってこと。圭太郎をピアニストに育てたのは美鈴さんだけど、ピアノの音を支えてきたのは俺だって思うのは気負いすぎか?」
 わたしは首を振った。酒井君は安堵したような表情をして「有難いことです」と口にした。
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