pp―the piano players―
「酒井君」
早紀は指を解く。
指を解いて、手を握る。僕の左手と早紀の右手だから、少し不格好な握手。
今朝、彼女は僕の名前を呼んでくれた。けれども、呼び慣れた苗字呼びを続けている。
「ありがとう。そうやって、そんなにも、たくさん、わたしのことを思ってくれて、本当にありがとう」
早紀の話を聞くのが怖い。
早紀と一緒に過ごしたこの年月、僕はとても満たされていた。隣に早紀がいて、一緒に美味しいものを食べたり、美しいものを見たり、他愛もないことで笑ったり、どうしようもなく早紀が愛しくて、手を握り、肌を重ねてきた。
分かっている。分かっていたはずのことだった。僕がそうしろと言った。僕のために僕を好きになって、と。
「僕は、」
声が震えていた。自分で驚くけれど、当たり前だ、と思う頭もある。
「早紀が好きだ」
答えは、あまりにも明確だから。
僕の求婚は断られるのだ。
どう頑張ったって、僕は、吉岡圭太郎を超えられない。
「ごめん」
早紀の手を振りほどき、ウィンカーを出す。サービスエリアに入り、駐車場の一画に車を入れる。シフトレバーをパーキングに入れると、ぎゅう、と音がしてサイドブレーキが掛かった。エンジンは切らないでいるので、ラジオと、空調の音と、それから。
「ごめん」
そう、言葉に出すのがやっとで、どうしようもなく溢れ出す自分の嗚咽に、頭の片隅で戸惑い、同時に情けなく思っている自分がいる。でも、どうしようもない。目蓋に手を当てているのに、熱いものが次々と零れてくる。
空いている手に、何か柔らかいものが触れる。見慣れた早紀のハンカチ。
「何か、飲み物買ってくるね」
シートベルトを外し、早紀は車を降りた。ドアが閉まる。
僕は、早紀のハンカチを握りながら、止めどなく出てくるものを、解き放ち続ける。
早紀は指を解く。
指を解いて、手を握る。僕の左手と早紀の右手だから、少し不格好な握手。
今朝、彼女は僕の名前を呼んでくれた。けれども、呼び慣れた苗字呼びを続けている。
「ありがとう。そうやって、そんなにも、たくさん、わたしのことを思ってくれて、本当にありがとう」
早紀の話を聞くのが怖い。
早紀と一緒に過ごしたこの年月、僕はとても満たされていた。隣に早紀がいて、一緒に美味しいものを食べたり、美しいものを見たり、他愛もないことで笑ったり、どうしようもなく早紀が愛しくて、手を握り、肌を重ねてきた。
分かっている。分かっていたはずのことだった。僕がそうしろと言った。僕のために僕を好きになって、と。
「僕は、」
声が震えていた。自分で驚くけれど、当たり前だ、と思う頭もある。
「早紀が好きだ」
答えは、あまりにも明確だから。
僕の求婚は断られるのだ。
どう頑張ったって、僕は、吉岡圭太郎を超えられない。
「ごめん」
早紀の手を振りほどき、ウィンカーを出す。サービスエリアに入り、駐車場の一画に車を入れる。シフトレバーをパーキングに入れると、ぎゅう、と音がしてサイドブレーキが掛かった。エンジンは切らないでいるので、ラジオと、空調の音と、それから。
「ごめん」
そう、言葉に出すのがやっとで、どうしようもなく溢れ出す自分の嗚咽に、頭の片隅で戸惑い、同時に情けなく思っている自分がいる。でも、どうしようもない。目蓋に手を当てているのに、熱いものが次々と零れてくる。
空いている手に、何か柔らかいものが触れる。見慣れた早紀のハンカチ。
「何か、飲み物買ってくるね」
シートベルトを外し、早紀は車を降りた。ドアが閉まる。
僕は、早紀のハンカチを握りながら、止めどなく出てくるものを、解き放ち続ける。


