時計塔の鬼
“言えたの……”
そう、歩美が顔を離しながら囁き加えた。
「返事は……グッド・オア・バッド?」
私の再度の問い掛けに、歩美は頬を熟れた紅葉のように染めた。
そして、右手の親指と人差し指で小さく答えを示し、小さく「グッド……」と言った。
「キャー! よかったねっ!」
「ちょ、ちょっと夕枝、ここトイレだからっ!」
叫んだ私を今度は歩美が慌てて制した。
わんわんとトイレの中に自分の声が反響したのを聞いて、少し恥ずかしくなる。
「あはは……。とにかく、おめでとうっ!」
私からの祝福を受けて、歩美はさらに顔を赤く染め、“ありがとう”と満面の笑みをつけて笑った。
やっぱり歩美は可愛い。
坂田君は、本当にずるいと思う。
今から密かにジェラシーを感じてしまったことに自分で気付き、歩美にはバレないようにそっと苦笑した。
その後、少し困ったことは、職員室へ戻った時に待っていた土方先生のお小言だった。
けれど、それでも私たちの顔から笑みが消えることはなかった。
この時私の頭の中からは昨日の出来事なんて完全吹き飛んでしまっていた。