夏海(15)~ポケットに入れてるだけの電話が勝手に電話することってあるよねー

田丁田康様のカメラ

男はドアーを開け、大声で、「ただ山今夫」と怒鳴った。

二秒間沈黙した後、カラオケシステムから昭和の名曲「大都会」のイントロが流れこました。

さきほどから、カラオケ店のソファーに腰掛けて、男とわたしが差し向かいで、巌のようにおし黙っているのは、座禅修行をしているのではない、怖いから黙っているのである。というのも、もしどちらかが口火を切れば、これ当然レイプの話になり、そうなれば下のごとき不毛な問答がなされるのが経験的に察知せらるるからである。というのは

「おまえさん、いったい私をどうするつもりなんだい」

「どうするったってレイプするしかしょうがねえじゃねえか、まあなんとかならぁな」

「じゃあ、なんとかおしよ」

「なんとかおしよったって、おめぇみたいにそうのべつに、なんとかおしよ、なんとかおしよ、ってやられたんじゃ、まとまるレイプもまとまらねぇじゃねえか」

男の顔にはレイプ中毒者特有の表情が浮かんでいた。

いひひひ、不貞。

よっしゃー ウォッシャー! フランケンシュタイナー! とわたしは男にとびかかる。

わたしは、男の首を股ぐらではさみこまし、ここは一番、回転式でいてこましたろかい、とわたしはきわめて緩慢な動作で後ろ前が逆の肩車の状態からふんぞり返ってみた。

くわぁ。男は脂汗を流した。勃起した。カップ酒を飲んだ。

私の心の中にはとてつもない疾走感が充満していた。そういうときの動作はかえってゆっくりとしていた。心のスピード感が体を引っ張っているみたいな。

私は、ゆっくりと、しかしすごいスピードで男を股ぐらにはさんだまま宙を一回転した。
わたしは、さっき紙ナフキンに書いたこの午後が永遠に終わらなければいい、というような詩を男にそっと渡した。男はにっこり笑って、頭を硝子の座卓にがらがらがっしゃん、という音響とともにこれを破壊した。


回る景色のあまりの陳腐さ加減に愛想が尽きて、きわめて緩慢な動作でわたしは再び地べたにしゃがみこんでしまった。また景気良く回転した際にミラーボールで頭を打ってしまったのである。

わたしは低くうなり声を上げ、透明の涙を流して、げろと尿まみれの地べたを転がりこました。

転がりこます。
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