図書館で会いましょう

いつもの道

5月の歩道。街路樹の桜はその緑を太陽の光で輝かせていた。由美はその道を自転車でゆっくりと通るのが好きだった。木漏れ日が自転車のフレームに反射する。一瞬、眩しさを覚えるがその陽の暖かさを感じることができる瞬間だった。
「良い気持ちだなぁ…」
遠山由美は大学を卒業後、そのまま大学に残り歴史の研究をしていたが、この春から地方の図書館の司書になった。城跡など歴史の後があり、また図書館には昔の資料が多く保管されていたのが決めた理由だった。
最初、この話が来た時は断ろうと思っていた。しかし研究室の教授から自分の勉強になるよと説得され、決めた。いざ赴任してみると図書館までのこの並木通りの心地好さが気に入り『悪くないな』と思うようになった今日この頃だった。今日も好きなこの道を通りながら図書館へ向かっている。

「おはようございます。」
中に入るとまだ図書館の中は照明は落とされていて、窓から入る朝日だけで薄暗い。既に職員の何人かは出勤している。その人たちは夜間ポストに入っていた返却された本の整理をしていた。由美はそれを手伝おうと早足で自分の席に鞄を置こうとした。
「遠山さん。」
その時、後ろから物静かな声で名前を呼ばれる。由美が振り向くと館長の柴田が立っていた。
「あっ、館長。おはようございます。」
「おはよう。」
由美は柴田館長の人柄が好きだった。赴任した時に右も左も分からない自分を親切に色々と教えてくれたのはこの柴田館長だったからだ。
「君がきて一月経つけど、もう慣れたかな?」
「おかげさまで。」
柴田館長の問いに由美は笑顔で答えた。人から聞いた話だと館長も以前はどこかの大学で教授をしていたらしい。定年を目前にして地元から館長として招かれたようだ。館長は大学教授という肩書きがあったにも関わらず、それを出さない人柄で職員からの人望を集めていた。
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