図書館で会いましょう
しばらくベンチに腰をかけて風景を見ていたが、再び立ち上がり池の畔をなぞるように歩きだした。数メートル歩いたところで、
「ん?」
由美は何かを見つけた。視線の先には男性だろうか、どうやら絵を描いているようだった。
「ふーん…」
この景色なら絵にしたくなるよねとまた自分に話しかけるように心の中で呟く。そんなことを思いながら歩いているといつの間にか男の後ろまで進んでいた。
絵には興味はあったが話しかけるほどの勇気はない。由美はそう思っていたので男の絵をちらっと見て通り過ぎるつもりだった。しかし、
「うわっ。」
由美の足は自然に止まってしまう。絵はまるで写真のように見事なものだった。
『うまい…』
まだ色も全部塗られていないし、下書きの跡もある。未完成の絵なのに何か引き込まれる魅力があった。由美が思わずもらした声に男は筆を止め、振り返った。男は由美と同年代だろうか、自分とおそらくそんなに年齢が変わらない人間がこんな絵を描くことに驚いた。男は無表情に由美を見つめる。視線が合った由美は取り繕うように会釈をした。由美の会釈を見て男も黙って会釈をした。男は少しの間、由美を見つめた後で再び筆を動かし始めた。
『変な人に思われたかな…?』
妙な不安が由美を襲う。しかしどう行動すればわからず、由美はその場で石のように固まった。しばらく二人の間に沈黙が流れる。男は黙々と筆を動かしていた。
この重い空気に耐えられなくなった由美は意を決して男に話しかけた。
「あ、あの…」
由美の声に男はまた筆を止めるが、今度は振り返らなかった。
「あ、あの…その絵、良い絵ですね。」
由美は率直に感想を言った。その言葉でやっと振り返った。
「…ありがとうございます。」
男は無表情のままに淡々と答えた。
「画家さんなんですか?」
男が答えたことで由美の不安は少し紛れていた。男は上げていた手を自分の腿の所に下げた。
「いえ。趣味なんですよ。」
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