クレマチス
クレマチス
初夏の少し汗ばむ夜だった。
警部の塚原が実際にその女の取り調べをするのは初めてだった。

女の名前は緑山キヨ。身寄りのないまだ壱拾六の小娘だった。
油絵の大家、村野忠基の絵画のモデルとして、もう一人の村野のモデル城川歌子と共に日本画壇では蝶よ花よと持て囃され、また、村野自身にも実の娘のように愛されていたという。
小さな椅子に座らされた少女は夜会巻きを結って、赤地に縦縞、派手な薔薇の刺繍があしらわれた銘仙を着ていた。西洋人の其れを思わすような儚げな白磁の肌がそうさせるのか少々派手が過ぎて悪趣味にもなり得るそれを少女は驚くほどさらりと着こなしていた。

――そんな美少女が、どうしてこんな薄暗い取調室に居るのか。

部下に渡された資料に目を通す。
塚原は驚きを隠せなかった。
罪状は、殺人。
村野のもう一人のモデル、城川歌子を殺めた罪だという。輪をかけて恐ろしいのは、歌子の死体は微塵になるまでバラバラにされて川に流され、証拠になる物は髪の一筋もなく、ただ血の付いた出刃だけという有り様だった。
『此処に書かれている事は本当なのかね?』
ええ、と頷いたキヨのゾッとするような色香が、塚原の背骨をくすぐった。
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