お大事にしてください
古ぼけた扉を伊織が開けた。軋み音を立てた。
「・・・いらっしゃい。」
老人の上機嫌な笑顔は、驚くほど不気味だった。
(やっぱり帰ろうかな・・・。)
気持ちは行動に表れた。無意識のうちに、足は後ずさりをはじめようとした。その時だ。さっきまでガラスケースの向こうにいたはずの老人が、一瞬のうちに目の前にいた。
「ひっ。」
「どうかなさいましたか・・・?」
「あ、いや、なんでもないです。」
まさか、あなたが怖いとも言えない。伊織はごまかそうと必死だ。
「あ、それよりここって薬屋さんですよね?」
壁には、薬あります。そう書かれた張り紙がある。
最近のドラッグストアと呼ばれる店舗とは、一線を画した趣のある店だ。ただ、それが昭和の時代にタイムスリップしたみたいな感覚にさせ、伊織にはどうしても薬屋と言う実感が持てなかった。
「そうですが・・・、何か?」
「ですよね。で、で、私、薬がほしいんですけど。」
「どのような薬を・・・ご所望で?」
老人が言い終わらないうちに、持っていたリストを差し出した。
「この紙に書いてある薬、ここにある薬がほしいんです。」
とにかく早く店を出たい。その思いで、伊織は早口になっていた。
「かしこまりました。」
伊織の気持ちを知ってか知らずか、老人はゆっくりと薬を揃えだした。
(もう、何やっているのよ。早く、早く薬用意してよ。)
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