【短編集】時空郵便

ようやく分かった。彼がオレに言った「ありがとうございます」の意味が。

そして同時に沸き上がる感情?

彼は死ぬ間際、たまたま自殺しようとしたいたオレを見つけて、救出した。

他人様の命を救うことで、胸を張れる自分を見つけることができた。

だからその言葉をオレに吐いて、満足そうに命を投げ出したのだ。

「なんだよそれ……」

沸き上がった感情は、感謝とは正反対の憤り。

「てめぇは結局オレと同じじゃねぇか!しかも、恐怖を乗り越えて投げ出したオレを、勝手に救った気になって自分は満足しながら死ぬだと?」

オレはその手記を握りつぶした。

「ふざけんな。てめぇの都合押し付けて勝手に死んで、救ってやったと思ってるオレには死ねねぇトラウマ植え付けやがって。

認めねぇ。認めねぇよ!」

ヒーローはいない。

結局命を投げ出してまで掛けたものは96%の大失敗だったってわけだ。

「こんなやつのせいでオレの人生が勝手に続いていくなんて認められるわけがねぇだろうがよ!!!」

空に向かって吠えた。

むせかえる血の匂い。

再三の嘔吐と垂れ流した涙や鼻水で頭がくわんくわんと唸っている。

「おやおや、随分と荒れていますねぇ」

後ろから人の声がして我にかえる。

しかし、妙だ。

死体を目の前にして落ち着きすぎている。

死体を目の前に叫ぶ男を見てもその声に不安も焦りも何もかもを感じない。

オレはゆっくりとその声の方へと振り返った。

「どーも初めまして。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ。時空郵便のものでーす」

深緑色の制服、唾の黒い帽子。

その影で目が見えないが口元はいやらしく笑っている。

ぶらさがったバッグ。

「初めまして……だと?」

オレはこいつをどこかで見ているはずだ。

思い出せ。

いつ?どこで?どんな状況で?

こんな怪しいやつの記憶がそうそう薄れるとは限らない。

なにかもっと大きな衝撃でもない限りなくなるはずがない。


「……あんたさっき、この男の前で何かを言ってなかったか?」

オレの言葉に男の口の端がピクッと動いた。

「いやだなぁ。あたしは今ここに着いたばかりですよ。まぁ、そんなことは置いておいて、時空を越えて過去や未来のアナタに届けることができる手紙には興味ありませんか?」

男の口元がよく漫画やアニメの悪者が見せる邪悪な笑みのようにぐいっとつり上がった。

「過去や未来のオレに宛てた手紙だと?」

「はい。人生でたった一度だけ出すことのできる手紙です。内容はよーく考えて書いてくださいね。

この手紙は必ず過去か未来のアナタへと届きますが、アナタの過去や未来が必ずしもより良いものへと変わるという保証はできませんので」

確かに。

もし天文学的な確率でもって、この話が真実であったとして。

だからといって過去か未来のオレがそれを信用して行動を変える保証なんてものはないだろう。

ならば書く文章にはそれなりに、他人(こいつと出会った事実を認識していない自分は他人と同等であると判断したもの)を操作できる内容にしなければならないということ。

「しかし、落ち着いてますねぇ」

男の言葉は最もだが。

落ち着いている理由は自分の中では明確だった。

オレはオレを利用して自分だけは満足しながら死んでいったこの男に心底ムカついていた。

この気持ちを、激情を、憤りを怨みをはらすためならば如何なる手段をも使いたい。それが今のこの状況でのオレの行動原理だった。

「分かった。じゃあ2時間前のオレに手紙を出したい」

「宛先は"2時間前の過去のアナタ"ですね?承りました。

では、この時空手紙にお書きください。書き終わったら封筒を閉じることで宛先のアナタへと送られます」

オレは男から便箋と封筒を受け取り、そこに手紙をしたためた。

そして、封をする。

「確かに承りました」

封筒と筆記用具の一切は一瞬にして消え、男は脱帽しながら頭を下げると音もなく消えていったのだった。

















時空郵便は今日も誰かの元へ。

したためるものはアナタ自身への救難か、疑問か、激励なのか。

それとも誰かへと向けられた感情なのか、どれを選ぶのかはアナタ次第。


この手紙によって迎える末路はまた後ほど……

「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ。時空郵便のものでーす」




「奔走の末路」......fine?

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