【短編集】時空郵便
中休み、いつもの缶コーヒーを飲みに2階に降りる。

不自然なほど静かだった。

「ドーモー。安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ。時空郵便の者です」

深くかぶった帽子。ツバで隠された表情から、口角だけが不気味に上がっている。

なんとも、これは・・・

「…似合わないね」

「へっ?」

男は気の抜けた声を出した。私は続ける。

「無理に役作りをするもんじゃないよ。そうやって個性を殺された役者もいる」

少し前の間隔が抜けきらなかった。そんな言葉を私は誰に届けたかったのだろうか。

「そうスか。じゃ、これ過去のアナタから、未来のアナタへの手紙ッス」

「なんだね、これは?」

封を開ける。

中には一枚の便箋。

『十年後の俺へ。

まだ映画を撮っていますか?

俺は今、三作目の映画を撮っています。

正直に言えば自信があります。

きっとこの作品は評価される。

もっと有名になって、もっと大きな映画を撮って。

いつか誰もが俺の名前を知っているような監督になりたい。

十年後。

もし夢を叶えていたら、今日の俺を褒めてやってください。

もし叶っていなかったら――

もう少し頑張れ。』

「…………」

野崎は何度も読み返した。

忘れていた。

完全に忘れていた。

十年前。

誰もいなくなった撮影スタジオ。

深緑色の制服。

あの怪しげな男。

「……本物?」

最後に書かれた自分の名前。

間違いなく自分の字だった。

「もう少し頑張れ……か」

笑った。

笑ってから。

何故だか少しだけ涙が出た。

「野崎さん?」

「ああ、ごめん。何でもない」

慌てて拭う。

夢は叶わなかった。

少なくとも、三十歳の自分が思い描いていた未来にはならなかった。

映画監督、野崎。

その名前を誰もが知る未来なんて来なかった。

「……悪いな」

十年前の自分に呟く。

「もう頑張れねぇや」

それほど悲しくはなかった。

自分でも驚くほどに。

ふと、机に置いていたスマートフォンが震えた。

妻からだった。

『牛乳忘れないでね』

その下にもう一件。

娘から送られてきた写真。

朝、野崎が家を出たあとに描いたらしい。

クレヨンで三人。

大きな顔。

不格好な手足。

その下に、

『ぱぱのおしごとがんばって』

「…………」

野崎は笑った。

「ドラマにならねぇなぁ」

「何か言いました?」

「いや」

便箋を丁寧に折った。

引き出しにしまおうとして。

やめた。

財布の中に入れた。


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