影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-
天正十二年(1584年)、信長の次男・織田信雄は、秀吉に年賀の礼に来るように命令されたことを契機に秀吉に反発し、対立するようになる。

そして3月6日、信雄は秀吉に内通したとして、秀吉との戦いを懸命に諫めていた重臣の浅井長時・岡田重孝・津川義冬らを謀殺し、秀吉に事実上の宣戦布告をした。

このとき、信長の盟友であった徳川家康が信雄に加担し、さらに家康に通じて長宗我部元親や紀伊雑賀党らも反秀吉として決起した。

これに対して秀吉は、調略をもって関盛信、九鬼嘉隆、織田信包ら伊勢の諸将を味方につけた。

さらに去就を注目されていた美濃の池田恒興をも、尾張と三河を恩賞にして味方につけた。

そして3月13日、恒興は尾張犬山城を守る信雄方の武将・中山雄忠を攻略した。

また、伊勢においても峰城を蒲生氏郷・堀秀政らが落とすなど、緒戦は秀吉方が優勢であった。

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