影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-
しかし家康・信雄連合軍もすぐに反撃に出た。

羽黒に布陣していた森長可を破ったのである(羽黒の戦い)。

さらに小牧に堅陣を敷き、秀吉と対峙した。

秀吉は雑賀党に備えてはじめは大坂から動かなかったが、3月21日に大坂から出陣し、3月27日には犬山城に入った。

秀吉軍も堅固な陣地を構築し両軍は長期間対峙し合うこととなり戦線は膠着した(小牧の戦い)。

このとき、羽柴軍10万、織田・徳川連合軍は3万であったとされる。

そのような中、前の敗戦で雪辱に燃える森長可や池田恒興らが、秀吉の甥である三好秀次(豊臣秀次)を総大将に擁して4月6日、三河奇襲作戦を開始した。

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