窓越しのエマ
外玄関の灯りはまだついていない。表札はどこにも見当たらなかった。

ドアを開けて玄関に入ると、思い出したくない匂いが僕の鼻腔をくすぐった。息苦しくて堪らない。

僕は水を浴びたように全身汗みどろになっていた。いっそこのまま干からびて死んでしまったほうが楽なのかもしれない。

玄関から板張りの廊下に上がる。

灯りの消えた薄暗い廊下の突き当たりにドアがあり、その向こう側に絶望があることを僕は知っていた。


そのドアの前でエマが言う。


「さ、着いたわよ」


僕は激しい動悸に襲われ、朦朧とする意識の中で立っているのがやっとの状態だった。


エマがドアを開ける。


飾り気のない、ありふれたリビングルーム。

正面の窓からのぞく暮れかけた空は、まるでこの世の終わりのような色をしていた。

窓の手前に車椅子が置かれ、ぼさぼさ髪の男が座っている。


――嫌だ。


臆する様子もなくエマが部屋に入る。


――戻りたくない。


車椅子の正面に回りこむ。
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