恋する旅のその先に

 ミルクティー色の空気に満たされた街路樹を横目に見ながら自転車を走らせる。

 コートはまだ早かったかな、と思っていたけれど、首筋を撫でる風がおかげでほどよく心地いい。

 少し前から今日は散歩をしようと決めていて。

 でも決めていたのはそれだけで。

 けれどせっかくだからと、いつもの生活圏から飛び出してみた。

「あら初めまして猫くん。お住まいはこの近くかしら? それとも、あなたも私と同じで冒険中?」

 ふと植え込みを沿うように歩いていた“ぶち猫”に話しかけてみると、彼はこちらを振り返り、

「なう~」

 と返事。

『その通り。貴女と一緒ですよ、お嬢さん』

 それを脳内変換したりして。

「あら、あなたは随分と気品のある猫ね。冒険の目的地は?」

 なんだか楽しくなってきてそんな言葉をかけてみると、彼は(実際は彼女かもしれないけれどこういうときは異性がいいわよね)スッ、と目を細めて微笑んで、

「なう~」

『真の冒険とは、風が吹く先を目指すもの。目的地を定めては、それはただの旅行に他なりませんよ、お嬢さん』

「それもそうね」

 なんだか喉仏にある“ぶち”が蝶ネクタイに見えてきた。

「ねぇ、私もついていっていいかしら?」

「なぅ~」

『女性のひとり旅は危険ですからね。むしろわたしからお供致しましょう』

「やっぱりあなたって紳士ね。えっと……あなた、名前は?」

「なぅ」

『故郷に置いて参りました』

 空を見上げる彼はその瞳に微かな郷愁と、そして道程の長さを物語る誇りをたたえている。

 彼が人間なら、きっと私はその秘密めいた香りに浮かされ、あれよという間に恋に堕ちていたことだろう。

 残念。




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