ショート・ショート
ちっ
 「チッ」
今日も舌打ちをされた。
自分では鈍くさい方だとは思わないが、ヒロシに舌打ちされてから
他人の舌打ちが気になるようになってしまった。
 舌打ちされるほど鈍くさく面倒くさい存在なのだろうか。
 紗理奈は、気のせいだよというが、今日は電車の乗降中、機嫌の悪そうなおじさんにされた。
昨日はコピーを渡した上司に面と向かって一回。つまらない喧嘩をしたひろしにそっぽを向かれながら1回された。悪意のこもった舌打ちだった。
心をえぐられるようだった。体の一部を具体的に傷つけられるより、冷たく長引く痛みが残る。
 
 ヒロシとは二年間付き合っている。
大学四年のころ、学生気分でいられるうちに少しでも楽しい思い出をと、サークル内にいた友達としか思えなかったヒロシに「ずっと好きだった・・・」と嘘をついて付き合いはじめた。嘘からはじまった恋でも、ドキドキしたしロマンチックな気持ちも味わうことができた。でも、多くの友人と同じように、就職し環境が変わり忙しくなるとヒロシのことを考える時間が減り、土日は二人で会うよりも1人でのんびりしたくなってしまった。嫌いではないが、ずっと一緒にいたくはない。ヒロシも同じ気持ちだと思う。
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