白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
「最後にこの場所をながめてみとうなりました。」
涼やかな笑顔で常篤が言う。
「必ず・・・必ずお殿様にはわかっていただけます。きっと!」
「紗江殿・・・私は、命など惜しゅうないのです。もともと信玄公よりお預かりしたこの白桜に預けた命。その務めを全うした今、私は死人同様。この世に未練はありませぬ。ただ、」
そう言い掛けて常篤は言葉を止めた。
(最後にあなたに出会えたことを感謝いたしまする。)
口に出せなかったその思いを大切に常篤はかみしめた。

生まれ出でたときより、いつ死ぬかわからない身であった。女を愛し守る生き方など考えもつかなかった。いや、そもそも白桜の伝承者のうち、一時でも常篤ほど誰かを愛することの出来たものはあるまい。それを心残りとするか、感謝とするか。
常篤はこの縁を『ありがたいもの』として捉えていた。後々のことは佐助に託すつもりである。そういう意味で紗枝の残りの半生のことは心配していなかった。
「これが今生の別れとなりましょう。まことに名残惜しくはありますが・・・これにて。」
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