きみと、もう一度


 五年前の今日を、そして明日を思い出す。

 セイちゃんと大きなケンカをしたのは、五年前の今日と、明日だった。

 この日、セイちゃんは家に迎えに来てくれなかった。調子が悪いと入って、遅刻してきたのだ。今まで皆勤賞だったのに。

『ちな、ちなは今坂のこと、好きだよね?』

 その日の帰り道、傘の中からくぐもった声が聞こえてきた。ピンクの傘でわたしの視界に入ることを拒むように、セイちゃんはうつむき顔を隠していた。

 一日、様子がおかしいとは、朝から感じていたけれど、ただ体調が悪いのかなと思っていたのも事実だ。

わたしとあまり目を合わしてくれないことも、空疎な瞳でぼんやりとどこかを眺めていることも。少し赤い目元も。

『なに、言ってるの、セイちゃん』

 そんなわけないじゃない、とは言えなかった。

けれど、精一杯の否定を口にして、おそらく歪な笑顔を作ったと思う。もちろん、雨と傘の中にいる彼女にそんなわたしは見えなかっただろうけれど。見られていたら、セイちゃんはもっとわたしに怒ったのだろうか。

『もう、いいんだよ、ちな。わかってるから、もう、素直になってほしい』

 さらさらと降り注ぐような雨の中、電線から落ちてきた大きな雫がわたしのオレンジ色の傘にぱちん、と落ちてきた。セイちゃんの吐き出す白い息が、雨の中重そうに揺れている。

『わたし』

 あのとき、わたしはなにを考えていたのかはよく覚えていない。ただ、必死だった。必死にどうにかしようと、思っていた。なにをどうするつもりだったのかは、わからない。

『わたしは、セイちゃんを、応援してる』

 もしも、あのときの台詞が違っていたら、わたしはセイちゃんを傷付けることはなかったのかな。

『……そう』

 雨に溶けて消えてしまいそうな声だった。

『じゃあ、もう、ちなとは友だちやめる』

 くるりと振り返って、セイちゃんは言った。

充血した赤い瞳は、さっきまでか細い声だったセイちゃんの面影はまったくない。堂々としていて、覆ることはないだろうと思える意志の強さがあった。

口許はかすかに弧を描いて、最後に『ごめんね』と目を細めて笑った――その瞬間に、目尻から涙がこぼれて頬に一筋の線を描いた。

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