碧の記憶、光る闇
「ええ、たしか川村さん夫婦の一人娘と長内さんの娘さんが…生きていればあなた達ぐらいの年頃だと思うわ…だからもしかすると…」

碧は衝撃でめまいをおこし椅子に座っているのもまま成らない状態に陥った。

「だって…だって私が発見されたのは熊野川町よ…そんな十津川の事件なんて…10歳の子供が歩いたらどれだけかかるのよ」

「だからきっとあなたのお話しとは関係ないわ、気にしないでごめんなさいね、お役に立てなくて」

そういいながらも老婦人は碧の顔をまっすぐに見ようとしない。あきらかにおどおどとして手が震えている。

「おばさん…その家中が血の海になっていたのは川村さん一家だけですか?長内さんの家はどうなんですか?柳沢さんは?」

「川村さんの家だけよ。長内さんと柳沢さんは屋外で事件に巻き込まれたのか家の中は閑散としていたわ」

「私は…私は血まみれで倒れていたのよ…ねえ静香…ねえ静香ったら聞いてるの!」

「落ち着きなさい、碧。まだ碧がその川村さんの娘だって決ったわけじゃないでしょ?しっかりしなさい」

しかし静香の声は遠い雷のように別世界で聞こえる。

碧には見た事も無いはずの川村一家の惨状が目に浮かぶ思いであった。倒れた箪笥、血に染まり破れた障子、割れる裸電球…。

「もし…もし私が川村なら私を十津川から熊野川へ運んだ人間がいる筈だわ。わたしお父さんにもう一度詳しい話しを聞いてみる。静香、家に帰ろう」

燃えるような瞳で立ち上がった碧ははっきりとした口調で窓の外を凝視した。

「おばさんは、15年も前の事、よく覚えてますね。私なんか忘れっぽいから1週間前のことでも忘れちゃうのに…何だか事件の関係者みたい」

さぐるように静香が呟いた瞬間、婦人は大きく体を震わす。しかしその時二人は帰り支度の為、背を向けていて気付かずにいた。

間もなく訪れるであろう真夏の気配とともに、ベールを脱ぎだした真実は徐々に光を浴び始め、碧が誰なのかがはっきりしようとしていた。
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