泣いたら、泣くから。


「――叔父さん」


 不意にかけられた声に意識が現実に引き戻される。
 振りかえると、裸足になった姪が庭からわたしに手を振っていた。


「夏ばてー? 目が明後日のほうを向いてたよー」
「すこしぼーっとしちゃってただけだよ」


 ならいいけどー、そう言うと姪はふたたび水やりに没頭した。


「一花を繰り返すわけじゃないがおまえ、すこし痩せたか?」
「夏は誰だって食欲が落ちるさ。心配ない」
「それならいいが」
「それより兄さん。真由の葬式のときは気づかなかったけど、一花ちゃんもずいぶん大きくなったんだな」


 水をまく凜とした後ろ姿は、もう過去の幼かった姪ではないのだと気づかされる。


「大きくなったはいいが一花も女だからな。どうも口うるさくて敵わん」
「聞こえてるよ!」
「……ほら見ろ。地獄耳なところもまったく誰に似たんだか」
「聞こえてるわよお父さん」
「肩身が狭いな、兄さん」
「ほんとだ」


 だが、そう感じられるのも家族がいればこそだ。
 幸せであることに違いはない。

 春乃が玄関から声を上げる。


「一花ー、準備できたから足と手洗ってらっしゃい」
「はーい」 
「……ちゃんと持ってきたでしょうね」
「カバンに入ってるから大丈夫」
「――よし運ぶか」


 一花に向かい、ぼそぼそとなにかを言う春乃の声が聞こえたが、あまりに小さくはっきり聞き取ることは出来なかった。
 まあわたしが気にすることではあるまいが。

 台所へ向かう兄に着いてわたしも居間を出た。


 
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