准教授 高野先生の結婚

不届きなオトナたちの真夜中のおやつタイム。

今夜も一つ屋根の下、一緒に日付をこえる幸せ。

大好きな人と“今日”を重ねていける喜び。

夜――彼の帰る家が、私の帰る家。

彼の眠る部屋が、私の眠る部屋。

今日を振り返るとき、彼が隣にいる幸せ。

明日を想うとき、彼の隣にいる幸せ。


「うまーっ。満月バウム最高ーっ」

「和菓子屋のバウムクーヘンなんて、洋食屋のラーメンとか蕎麦屋のカレーうどんみたいだな」

「それって、すっごくレアですっごく美味しいってことですよね?」

「そうか……言われてみれば、そういうことになるのか」


彼はもぐもぐしながら、箱に入っていた商品案内の紙をふーんと眺めた。


「あ、寛行さんは明日も平常通りの営業ですねー」

「君はまたそうやって、思い出したくない現実を……」

「まあまあ。ほら、大きいやつあげますから。これ食べて元気だしましょうね」

「はいはい、わかったよ。家族の為に働いてくるさ」

「うんうん、ご飯つくってお帰りをお待ちしていますから」


優しい甘みと豊かに広がるバターの風味。

私は美味しさと幸せをゆっくりじっくり噛みしめた。

彼が淹れてくれた紅茶の香りに包まれながら――。


「さて、と。僕はいい加減休まないと、本当に」

「うん。お休みなさーい。“また今日ねー”」

「もう日付かわってるもんなぁ。じゃあ“また今日ね”」


彼はやれやれと苦笑いして、よっこらしょっと立ち上がった。

寝室へ戻る彼の背中に、私は――。


「寛行さん!あのっ……」


言わなきゃいけないと思った。

彼が振り返って私を見遣る。

ちょっと不思議そうに首を傾げて「ん?」って感じに。

私が可愛いと思うお気に入りの彼のしぐさで。


黙って言葉を待つ彼に私は伝えた。


「あのっ……ありがとう」


彼は「何が?」とは聞かなかった。

ただ優しく小さく微笑んで、ひとりで寝室へと戻っていった。

寛行さん……。

今日の結婚式のことも、いろんなこと全部。

いつも、いつもいつもありがとう。

それから――。

不束で至らないことばかりの私だけれど、これからもどうぞよろしくお願いします。



明日(といっても、正確にはもう今日)の朝は、きっと彼より早く起きよう。

そうして、はりきって美味しいコーヒーを淹れるのだから。

ふたりのとびきりの“今日”をはじめるために――。






【おしまい】


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