しずめの遭難日記

深見池の幽霊

「…そう、それは、丁度こんな霧の深い日だったわ。辺りは霧で真っ白、自分の足下すら見えなくなるくらいの真っ白の霧の中。姿が見えないのに、どこからかヒタヒタ…という水に濡れたような足音が聞こえて来るの。音に驚いて辺りを見渡して見るけど、人の気配はまったくなし。試しに『誰かいますか?』と声をかけたけれど、辺りは白い霧がうごめくだけ。気のせいかと思って、白い霧の中をどんどん進んでると、ふと自分が道に迷った事に気付くの。なんたって辺りは白い闇。自分の手を延ばしたらその手先が見えなくなるほどの濃い霧の中目を凝らすと、回りに木がたくさん茂っている事に気がつく。どうやら、森に紛れこんだらしい。ジッとしていても霧が晴れる様子もなく。しかたなく、更に先に進んでいくと、足下が徐々にぬかるんできた。
 その時、ヒタヒタ…とあの足音がまたしたの。深い霧に包まれて嫌な空気が辺りを包んでいたわ。嫌な雰囲気の時は、嫌な事を思い出す物で、その時、ふと昔聞いたここら辺一帯の伝説を思い出したりする。そう、例えば、『心優しいおりん』の話。それは天明の大飢饉の時、おりんという名の女が、食料を分けて貰いに、おりんの実家であるこの地方へやってきたの。でも、おりんが、家族の元に食料を持って帰る事はなかった。何故って、おりんは、この近くまで来て餓死してしまったんですもの…。おりんは行く先々で、空腹の人に僅かな自分の食料を与えてしまって、とうとう自分は餓死してしまった。土地の人はコレを『心優しいおりん』の話として語り継いでいるけど、本当は、この話にはまだ続きがあるの。
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