【完結】泣き虫姫のご主人様




 大切な、稚尋の初恋。



 ある日の深夜、いつものように稚尋と弥生、雛子が川の字になって眠っていた時だった。



 母親の、突然の金切り声に稚尋の目が覚めた。



『あたしは嫌よ!? 稚尋を引き取るなんて!! あたしにも、大切な彼との生活があるのよ!! 引き取るのは、弥生だけよ』



 母親の冷たい言葉に、稚尋は久しぶりに心の傷を負った。



 耳を、疑った。



『俺だって!! 稚尋はごめんだ!!』


 父親の声も聞こえた。


 ふと気がつくと、涙が稚尋の頬を伝っていて、誰かがその涙を拭ってくれた。



『ひ、な?』



 雛子だった。



『大丈夫だよ。雛は、ちーが大好きだから』



 雛子はそう言って、ニコッと稚尋に向かい、笑顔を見せた。




 その夜は、久しぶりに泣いたのを覚えている。



 初めて稚尋を泣かせてくれたのは、雛子だった。



 結局、稚尋は父親に引き取られる事になった。



 父親に引き取られ、初めて出来た姉。


 それが冬歌だった。



 稚尋は笑顔で会釈を返したつもりだったが、内心、少し疑っていた。



 この人も、少し経ったら母親と同じように自分を嫌うのではないだろうか?と。


 しかし冬歌は稚尋に毎日付き纏い、笑顔を見せた。



 いつの間にか、雛子とも仲良くなっていた。



 悪い人じゃ、ないのかも。

 七歳になった稚尋に、初めての強い味方が出来た気がした。





『大丈夫、あたしは稚尋の味方だから』


 冬歌は事ある毎に、稚尋にそう言った。




 俺を……守ろうとしてるのか?


 そう感じたからこそ、冬歌がお嫁に行く時は、涙が枯れるほど泣いた。



 今まで味方だと思っていた人に、捨てられるような気がして。



 そんな稚尋に、冬歌はまた言った。



『あたしはずっと稚尋の味方だから』



 しかし、家の中で稚尋を守ってくれる人がいなくなったのは事実だった。




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