臆病なサイモン
『――似てないね』
たった一度だけ、そう言われた時があった。
今よりずっと金色に近かったキンパツもさもさのちいせぇ俺に、黒髪の父親は、ちょっと悲しそうにそう呟いたのを覚えてる。
夏、お昼寝の時間。
俺を寝かしつけたと思い込んでいた父親は、うっかりぽっかり、俺を前にしてそうゆっちまったんだ。
そりゃそうだよな。好きな女と結婚して、待望のこどもご懐妊で、産まれてみたらかわいーい息子、もう「あ」とか「う」とか言うだけできゃっきゃ喜んで、そんな幸せがずっと続くと思ってたら。
『――あなたの子じゃ、ないの』
でかくなってみても、あたまキンパツの息子。
実の息子だと疑いようもなく信じて、惜しみない愛情を注ぎながら育ててたってのに、まさか自分のディーエヌエーがほんの毛先も入ってない子だったなんて。
しかも自分の嫁、こどもの髪が疑いようのない真っキンキンになってから、遅いカミングアウトしちゃうって。
もうちゃぶ台返しどころじゃないよね。
俺が父親の立場だったら、泣いて泣いて泣きまくってドメスティックヴァイオリン…間違えた。裏切ったな、って、ドメスティックバイオレンス。
するよ。
しちゃうよ。
しちゃってもおかしくないよ。
でも、「運悪く」俺の「父親」になっちまった人は違った。
『キャッチボールしようか』
どこの馬の骨かも知らない男の子を、ちゃんと「息子」として育ててくれた。
母親を責めても、俺に当たることは絶対ない。
ちょっとでかくなれば、ガキの俺でも家族の枠の中で「なんか自分チガウ」、て気付いたらしくて、「おれのカミノケ、みんなとちがうね」みたいなこと言ってた。
それでも父親は笑ってた。
その言葉は、その人にはタブーだってのに、優しいよな。
『おひさまの色で、ちちは好きだなぁ』
なんてさ。
気性の穏やかな父親は、俺には「世界一優しい父ちゃん」で違いなかったんだ。
俺にとってはこの人こそが父親であって、金髪で青い目の男なんて俺の世界には存在しなかった。
血が繋がってるとか繋がってないとか、深く考えもしなかった。
だって俺の父さん、こんなに俺に優しいんだぜ。
俺、めっちゃ愛されてんだぜ、って、子供特有の確信と自身があった。
でも、そんな父親が一度だけ漏らした言葉が、俺の胸に巣を張って、よく風が吹いては、俺を揺さぶる。
『――似てないね…』
ベターな展開だよなあ。
実はこっそり起きてた俺は、バッチシそれを聞いてた。
『似てない』
俺と血が繋がっていない父親のその言葉には、ぐっと重みがあって、チビな俺にはなんかもう、あれよ、顔面ガツーンと殴られたくらい、ショックだったんだ。
あ、やっぱそう思ってるんだ。
て、軽く絶望。