Tactic

side智也

トーコの小さな手は、俺の衣服を強く掴んでいた。


「トーコ?」


俺がそう問うと、トーコは慌ててそれを離す。


「ごめっ……私、帰るね」


「おいっ、トーコ…」


俺の話も聞かぬまま、トーコは走り去った。


なんだよ。今日のキス、してねぇじゃん。


お前に……触れられるただ一つの理由なのに。


お前に触れられるのは、キスをする時間だけなのに。

今日は、お前に触れられなかった。


いや、触れたっけ…


ほんの少しの時間、手を繋いでいた。


俺は掌を見つめる。


トーコに近づけたと思ったこの手の距離は、再び遠ざかった。
< 51 / 305 >

この作品をシェア

pagetop